チェンナイ紹介

チェンナイの歴史

チェンナイ歴史 1世紀のはじめころ、チェンナイは経済と政治の重要な中心地でしたが、順に南インドの王国パッラヴァ朝、 チョーラ朝、パーンディヤ朝、そして最後にヴィジャヤナガル朝の諸王朝に統治されていました。ポルトガル人がこの地に来て、 貿易の港を作ったときから1522年に全てが変わりました。オランダ人が次にやってきたヨーロッパ植民地勢力でこの地への 支配力を発揮し、1612年プリカットの近くに拠点を建てました。

 1639年8月22日、近代チェンナイが生まれました。この日にイギリスの東インド会社はチャンドラギリのラジャから海岸のほんの少しを与えられました。 すでに小さな漁村マドラス パトナムという村が、領地の中にありましたが、セントジョージ要塞をそこに建設し、 その後すぐに植民地のジョージタウンへと発展していきました。

 18世紀と19世紀を通して、イギリスとフランスはインドをめぐって植民地争いを繰り広げていました。 チェンナイの繁栄と衰退は、両者の政治的情勢によって左右されましたが、19世紀中ごろには、 イギリスがインドを安定的に支配するようになりました。当時マドラスとして知られていたチェンナイは、 大英帝国植民地インドの四つの地域のうちの一つとなりました。

 イギリスの植民地支配下で、チェンナイは重要な都市としてまた海軍基地として発展しました。列車が19世紀後半に敷設されたころ、チェンナイはボンベイや カルカッタというインドのその他の主要都市とつながりました。これを期にチェンナイはさらなる経済発展を遂げ、それは1947年の独立時期を通して続いていきました。 チェンナイはそのころ、現在のタミルナドゥ州の州都になりましたが、まだマドラスとよばれていました。1977年に政府はチェンナイと改名しました。 2004年にはインド洋沖地震による津波がチェンナイ周辺の海岸を猛撃し、この地域は大打撃を受け、海岸線沿いの地形は永久的に変わってしまいました。

チェンナイの言語

チェンナイ歴史 チェンナイでは、タミル人が主要民族であるためタミル人同士では英語ではなくタミール語を使っています。
タミル語は、ドラヴィダ語族に属する言語で、タミル人の言語です。同じドラヴィダ語族に属するマラヤーラム語ときわめて 近い類縁関係の言語ですが、後者がサンスクリットからの膨大な借用語を持つのに対し、 タミル語にはそれが(比較的)少ないため、主に語彙の面で隔離されており意思疎通は容易でないのが現状です。
 インドでは主にタミル・ナードゥ州の公用語となっており、また連邦レベルでも憲法の第8付則に定められた22の指定言語のひとつであるほか、 スリランカとシンガポールでも国の公用語の一つになっている。実際に世界で18番目に多い7400万人の話者人口を持っています。
 1998年に大ヒットした映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』で日本でも一躍注目された言語であります。 「タミール語」と呼称・表記されることもあるが、タミル語は母音の長短を区別する言語であり、 かつ Tamiḻ の i は明白な短母音である。そのため、原語の発音に忠実にという原則からすれば明らかに誤った表記といえる。 タミル(Tamiḻ)という名称は、ドラミラ Dramiḻa(ドラヴィダ Dravida)の変化した形という説もある。Tamiḻ という単語自体は sweetness という意味を持つ。 なお、ドラヴィダとは中世にサンスクリットで南方の諸民族を総称した語で、彼らの自称ではなく、ドラヴィダ語族を確立したイギリス人僧侶 Caldwell による再命名である。

チェンナイの人口・面積

チェンナイ歴史 チェンナイの人口は全体で約500万人近くにのぼり、周辺の都市と合わせると900万人近くに及びます。 チェンナイ都市圏はインドで3番目に大きな都市圏であり、世界全体でも31番目の規模に位置しています。男女比は男:女5.5:4.5で、インドの中では 比較的女性の比率が高い方です。識字率は2001年が約85%、2013年には約90%まで向上しており、この数字も全国平均の約80%よりも高いのです。 しかしながら、インドの大都市の中で4番目に多いスラム人口も抱えており、その数は820,000人に上ります(都市人口の18.6%)。また、チェンナイには約110万世帯が居住しており、 そのうち約半分が賃貸住宅で生活しています。

 面積は約180平方キロメートルで茨城県にある日本で2番目に大きい湖である霞ヶ浦とほぼ同じ大きさです。そのためチェンナイは世界でも有数の人口密度が高い都市の一つとみなされています。

チェンナイの経済成長

 インドは新興国の中で注目を浴びている国ですが、中でもチェンナイは目覚しい経済成長を遂げています。

 その理由として様々な内容があります。

チェンナイ歴史 ・チェンナイの州政府は外資企業の誘致に極めて積極的である。
・年齢別人口分布がピラミッド型
・好立地条件(アジアとヨーロッパ、アフリカを結ぶ架け橋)
・大規模な公共事業の真っ盛り
・英語文化圏
・人件費の安さ

この内容を見ただけでもチェンナイがこれから発展し、重要な中央アジアの拠点になると考えることができるでしょう。

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